「ここからは、團長である私ルナマリア・ホークが仕切って行くんで夜露死苦! 皆も、これまでジュール先輩に付いて死ぬ気で練習を重ねて来てくれたとは思うが 今日はその集大成だ!この零進高校のグラウンドを己の血で真っ赤に染めてやる くらいの心意気で掛かれ!いいな、赤は気合と根性!先手必勝じゃゴルァ!」 オー!という怒声と共に本部周辺西側に集まっていた長ラン集団がグラウンドの 西側へと雪崩れ込んで行く。 いやぁ、生徒会長が凄いらしいっていうのは耳にしてたし、これまでに何度か 練習にも参加してたから本人を拝む機会は何度かあったんだけれど、 それにしてもこれはちょっとした暴走族顔負けの気迫じゃないのか? 来賓席の面々が縮み上がってるよ。 俺も、下手したら何されるか分からないし、ココは一つ今まで以上に頑張っておかないと。 それにしても己の血でグラウンドを……って、一体何時代の心意気だよ、全く。 応援合戦の開始合図と同時にグラウンドに整列した赤組応援団は、迎え撃つ白組の 陣地を睨み付ける様にして仁王立ちのまま、直立不動でその時を待った。 俺が袖を通したその長ランは、代々我が校に伝わる伝統の学ランであるらしく、 内側には大きな虎の刺繍が施され一点死守という文字が入れられていた。 一点でも死ぬ気で守れ、ということらしい。なんだか、任侠の臭いがする。 対する白組は時間になってもなかなか姿を現さない。 「どうした、我が軍に恐れを為して逃げ出したか!」 焦れた団長がそう声を荒げた途端、ピンポンパンポーンと、拍子抜けする電子音が グラウンドに響き渡った。 「デュランダル先生の、総回診です」 どこかで聞いたようなアナウンスが流れた後、グラウンド東側から白の大群が 綺麗な列を成して赤組の正面へと現われた。 先頭の真ん中にはあのデュランダル理事長が。真っ白な白衣姿で手には何か、 バインダーのような物を抱えて立っている。 そのすぐ脇には……脇、には…… ナース姿のレイ先輩が微塵も恥ずかしがったような所作も見せずに、 同じくバインダーのようなものを片手にこちらを向いて立っている。 ……何ていうか、似合い過ぎ。コスプレって、こういう感じのことさせられるんだ。 血気盛んな男子を沢山集めた赤組に対し、白組は理事長とレイ先輩以外は殆ど全員が 女子生徒といった構成である。たしかにこれなら、主として点を稼ぐ運動部の男共の 士気を上げるのに持って来い、なのかもしれない。 結局のところ、応援合戦は赤組が勝った。 団長は当然だとのたまっていたけれど、どうやら接戦だったらしい。 そりゃあそうだろう。 あんな、お医者さんプレイなんて思い付くの先輩くらいのものだろうし。 あの衣装は全員分、デュランダル理事長が用意したらしい。 理事長は、全員にその衣装をプレゼントする代わりに自分との2ショット写真を 強請って回ったらしい。その辺、抜け目ないって言うか先輩の父親らしいっていうか。 そんなこんなで、波乱の応援合戦も終わり、次はいよいよ楽しみにしていた騎馬戦! 俺は、昔からこういう種目では上に乗ると相場が決まっていて、中3の時なんて 大将に任命され、自分のチームを無傷で相手のチームの帽子を全て一人で奪って やった経験がある。だからこういう競技は否が応でも出場したいのだ。 今回は3年生の先輩達の手前、大将になることは出来なかったけれど、 最前線で特攻要員として働く任務を与えられた。いっそそっちの方が、 動きやすくて好都合、とばかりに喜んでいると、またあの人だ。 正面の馬の上に乗っていたのは紛うことなきレイ先輩その人だった。 先輩って、午前中の走行種目には一切出場して無かったクセに午後の競技には 殆ど参加してるじゃないか。体育とか嫌いなタイプかと思っていたのに、 どうやら運動神経はかなりのものらしいし、なかなか侮れない。 何しろ頭がいいから、油断したら俺の運動神経を持ってしても簡単に負かされてしまうのだ。 「絶対、負けませんよ」 「あぁ、全力で掛かって来い」 とりあえずは、先輩を負かさないことにはこの勝負、勝てない。 そう思って、俺を担ぐクラスメイト達に先輩の方へ進むようにと指示を出した。 大丈夫だ、勉強では勝てなくたって、今日は俺が主役になれる日なのだから。 先輩と対峙した途端、強く先輩を威嚇する俺を他所に先輩は笑顔を浮かべそろそろとこちらへ 歩み寄って来た。俺が顔の傍へ手を出してみたところで全く動じる気配が無い。 「隙だらけだ、シン」 え?と思った瞬間、唐突に先輩の腕が俺のゼッケンの方へと伸び胸元へ指が這った。 「あッ、どこ触って……!これ、帽子を取り合う競技ですよ!」 「分かっている」 そんな抗議の言葉も虚しく、先輩の指先はそこから離れることなく胸元の尖りを捉え、 その固く反応を示す乳首を体操服越しに執拗に捏ね回す。 「んンッ、い……や、やめて下さッ」 めちゃくちゃ気持ちいい、けどそんなこと言ってる場合じゃなくて、皆も見ている中で、 先輩に喘がされるなんて失態絶対に阻止しなきゃならない。 大体、クラスメイトの上に跨ってる状態で、大事なところを勃たせてみろ。 一生笑いものだ。 「やはり、隙だらけだな」 「あッ!」 先輩の笑顔が瞳に映った瞬間、その手中に俺の赤い帽子がしっかりと握られていた。 しまった……! 「スポーツ万能のお前も、此処は弱いということを俺だけは知っているからな。 本当はもっと弱い箇所も知っているが、それは流石に皆の前ではな……」 「ちくしょう、この野郎!絶対殺すーッッ!」 騎馬戦では、何とも情けない負け方をしてしまったけれどその後の綱引きでは、 決勝戦で対決したレイ先輩のクラスに、我が1年1組が圧勝を遂げた。 レイ先輩曰く、綱を引く時に無防備に揺れる俺の太腿が気になって集中出来なかった のだそうだがそんなものは俺の知ったことではない。 とにかくそんなこんなで、今年は赤組の圧勝で体育大会の幕が下りた、のだった。 体育大会の道具や各クラスの椅子や横断幕が片付けられる頃には、すっかり日が暮れ 辺りが暗くなると、この催しの夜の部がスタートするのだ。 後夜祭、とは言ってもメインはやっぱりフォークダンス。 いつの間に用意したのか知れないキャンプファイヤーがグラウンドの真ん中で、 真っ赤な火柱を上げている。 どうやら、これは理事長の趣味で始まった企画らしく、本来は夜にまで行事が 続けられるのは好ましくないと、後夜祭なんてものは行われないはずだったのだが 「若者が大事にすべきは青春の1ページ」という理事長の意味の分からない 理念からこの企画が半ば強引に遂行されることになったのである。 俺は、というと運動神経には自身があるものの、どうもこういったダンスの類は 苦手だった。それも男女が手を取り合って数分交替で輪を回っていくという、 なんとも破廉恥な企画だ。 俺は、マユ以外の女子の手を握りたいなんて思ったことはないし、 そんなことして喜ぶのはごく一部の……でもなかった。 どうやらクラスメイトの大半は、この企画を楽しみにしているらしい。 3番目にクラス一の美人と踊れるだの、学年一の可愛い娘がどこのクラスまで回るだの さっきからそんな話題で持ち切りなのだ。 音楽が始まってみても、「私、アスカ君と踊ってみたかったの」なんてのたまう女子が 一人、二人。とりあえず「それは、どうも」くらいには返しておくけど、 俺は女なんて願い下げだね。先輩と踊れるならまだしも、先輩は同性だから同じ列に なるはずだし、何しろ学年だって違うし、そもそも生徒会役員だから今頃は 本部で色々と雑務をこなしているはずだし。 本当、早く終わらないかな。 半ば、そんな企画に飽き飽きしていた頃、ふと自分の前に現われた女の子に、 俺は思わず目を奪われてしまった。 俯いたままのその子は、身長は俺と同じくらい、女にしては少し高めだけれど 肌も綺麗で差し出された腕はとても触り心地がいい。 金色の肩まで伸びた長い髪は、毛先が大きくカールしていて一本も乱れていない。 今時、こんなに綺麗な髪を持った子なんて珍しい。 それに何と言っても、気安く声を掛けてきたりなんかせずに俯いて黙り込んでしまう しおらしさが女の子らしくて良い。 「あの……」 思わず、無意識の内に声を掛けていた。 クラスと名前を聞くくらいは、問題ないだろう。そう思ったのだけれど、 そうして開いた口はそのまま大きく開いたままの形に強張ってしまった。 顔を上げたその人は、至極見慣れた…… 「レイ、先輩」 だったのだから。 「どうした、妙に顔が赤いな」 「そっそれは……」 女と勘違いして、アンタに見惚れてたからですよ、なんて開き直った言葉を吐ける はずもなく言葉にならない言葉を、声を裏返しながら訳も分からずに吐いていると、 ごく自然に、下へ降ろしていた左手を掴まれた。 「何で……アンタがこんなところに」 音楽は俺の動揺に構うことなく流れ続け、先輩もまた慌てふためく俺に構うことなく ダンスのエスコートを始める。 苦手だったはずの俺も、先輩のエスコートがあれば、滑らかに踊ることが出来るようだ。 「お前のクラスで偶然、偶然欠員が出てしまったからな。代わりに俺が入ることに なったんだ」 「絶対ウソだ、それ」 どうせ、そのクラスメイトを脅すか下剤でも飲ませるかして無理矢理事態させたんだろう。 先輩の手の内はもう見え透いている。 「でも先輩が女子の代わりなんて、だったら会長が入ればいいじゃないですか」 「会長が、そんな面倒な役割を引き受けると思うか?」 「それは……そうですけど、そうまでして俺と踊りたかったんですか?先輩は」 半ば当て擦り気味に発したつもりの言葉だったのだけれど、先輩はそんな俺の言葉に 過剰に反応を示して、その動きを止めた。もしかして、図星ってやつ? 「そうだ、俺は学校行事でこうしてお前と一緒に過ごせることは殆どないから」 先輩の腕に力が入り、俺の身体は更に先輩の傍へと引き寄せられる。 流石に、男同士でこんなに密着していたら周囲の目がヤバいんじゃ…… 「だから、こうしてお前と一緒に居られるのなら何だってする」 何をバカなことを……そう言い返してやろうと思った瞬間、唇が何かに塞がれて 言葉を発することが出来なくなってしまった。 何、コレ……。 俺、キスされてる……? 赤の炎に浮かび上がる先輩の顔は目の前一杯に迫っていて、確信に迫るように 重ねられた唇の隙間から舌先が捻り込まれる。 「んんッ、ふ……く、ン」 何考えてるんだよ!そんな思考に、身体が全然ついて来ない。 気持ち良くて堪らなくて、無意識の内に自分からも先輩の唇を欲してしまっていた。 「先、輩」 もっとキスしていたい、そう思って先輩の瞳を見返した瞬間、流れていた音楽の 曲調が無情にも変わってしまった。 もう、お別れの時間か。 「……って、何考えてるんですか!ここ、他の皆も居るんですよ!もし、誰かに 見られでもしたら、俺……俺ッ!」 「大丈夫だ、皆この時間は自分のことに必死で他人など見る物好きはいない」 「それはそうかもしれませんけど、俺が気にするんです!」 「気にするな、俺は気にしない」 「アンタのことなんか聞いてませんッ!」 列を交替しようと、こちらを向いていた女の子と目が合った。 ほら見ろ、あの子絶対俺達の様子が可笑しいことに気付いたぞ。 もう、明日クラスで揶揄われでもしたら、みんなみんな先輩の所為なんだからな! 別れ際、嫌味の一つでも言ってやろうと、先輩の方へ向き直ると、何故か 先輩は夜空を見上げ静かにその一方を見詰めていた。 どうしたって言うんだ? そんな先輩につられるようにして、夜空を見上げた瞬間、空一面を覆ってしまう のではないかと思うほど大きな花火がドドーン、という音と共に夜空に咲いた。 赤、青、黄、と色彩々の花火が打ち上げられていく。 そんな大きな音に誘われるようにして顔を上げた生徒の間からは、各々に 感嘆の声が漏れていた。 どうやら、先輩や生徒会メンバー以外は誰も知らなかったサプライズ企画だった らしい。それにしても、俺と組んだ直後に丁度花火が上がるなんて、 ちょっと出来すぎてないか? なんて、隣に立つ先輩をちょっと訝しがってみたりはしたが、 今日はこの綺麗な花火に免じて、何も聞かないであげることにした。 「ちょっとそこの物好きさん」 先輩の袖を小さく引っ張り、小声で話し掛けて悪戯っぽく笑って見せる。 「お気に召しましたか?私からのプレゼントは」 先輩も、それに答えるように含みのある笑みを浮かべて俺の頬を軽く撫でた。 「まぁ、100点ってところですね。……1000点満点中」 そう言ってペロリと出した舌を先輩の舌先へ絡め取られ、俺と先輩は、 再び深く深く口付けた。 それは少し、夏のあの日の記憶を思い起こさせたけれど、 今日のこれもそれに負けないくらいの大切な思い出になりそうだ。 あとは、今日の体育大会で…… 先輩の方が女装が似合うってこともよーく分かった、なんてね。 E.N.D. |