実は最近、ちょっと悩んでいることがある。
え?レイ先輩のこと?
あの人のことでいちいち悩んでたらキリがないから、そこは割り切ることに
したんだけど、今回はそっちじゃなくて友情の方で悩んでる。
元々俺は、人付き合いとかもそんなに得意な方じゃなかったし、中学までは
友達なんて呼べる人がほとんどいないような状態だった。















そんな中、高校に入ってから初めて出来た友達が、ヨウランとヴィーノだった。
ヨウランはちょっと気障で女の子にモテるかどうかに命を懸けているようなどこか格好付けた奴。
当然クラスでも目立ったから、女の子からは黄色い声を上げられて、男子からは
目の敵にされるって感じだったんだけど、これがまた面倒臭そうな態度を取りながらも
実は面倒見が良かったりで、次第に男子の間でも人気者になっていた。
どうやら中学生の頃はかなり遊んでいたらしく、女性関係の情報にもかなり精通していて
好奇心旺盛な男子高校生が飛びつくようなネタもたくさん持っていた。
その上、みんながやりたがらないクラス委員なんかもあっさり引き受けたりして……
本人は「早く決めないと帰りが遅くなるだけ」とか何とか言っていたけど、
そういう潔いところはなかなか格好イイ。
気も利くし、頭もなかなか良くて、運動神経も抜群だから、女の子にモテるのも
当然と言えば、当然なのかも知れない。
ヴィーノの方は、あのルックスだから入学当初から男女問わずカワイイと言って騒がれた。
子供っぽくて天然で元気で、そこに居るだけで和んでしまうような存在。
女の子に言わせると、異性を感じさせないのがイイらしい。
ゲーム好きでゲームセンターにもよく通っていて、そういう分野にも詳しいから
男子とも話が合う。
その上、何も考えてなさそうに見えて実は大人な考えを持っていたりするから
感心させられる。
勉強はあまり得意ではないみたいだけど、頭の回転はイイみたいだった。
場の雰囲気が悪くなると即座にそれを察知して盛り上げてくれるのだ。















そんな2人は、ごく自然につるむようになり、1週間も経つ頃には、2人一緒に居るのが
当たり前に思われるくらいにまでなっていた。
そのヨウランとヴィーノが俺に声を掛けて来たのは、レイ先輩と出逢ったその翌週のことだった。


昼休み、開始のチャイムが鳴ると同時に、クラスメイト達は思い思いの場所へ駆けて行く。
その日も俺は一人、席で自作の弁当を広げようとしていた。
「うわあ、おいしそう!ねぇ、ヨウラン見て見て!りんごがウサギの形してるよ」
偶然、席の近くに居たヴィーノにその姿を目撃され、俺は固まってしまった。
うわー、ついマユに作ってあげてた時の癖でウサギさんにしちゃったよ。
コレってやっぱり恥ずかしいよな……て、いうか何勝手に人の弁当覗いてんだよ、
この、えー……と、デュプレとか言う奴。
“カワイイ笑顔”が誰にでも通じると思うなよ。
けれど、俺の心の中の罵倒も虚しく、今度は声を掛けられたヨウランが此方へと遣って来た。
「へぇ、カワイイもんだな。ハンバーグは星型だし、のりはハートになってんじゃん。
これ、自分で作ったの?」
それは、俺がはじめてクラスメイトに声を掛けられた瞬間だった。
人生の内で、そういう経験がほとんどなかったから……というか、
人が近付かないように気を張っていたつもりだったんだけど、こいつらいとも簡単に。

「う、うん……まぁ」

柄にもなく緊張してしまって、思わず声が上擦ってしまった。
気恥ずかしさを紛らわすために、咳払いをひとつして、恐る恐る顔を上げると、
そこには間近にまで迫ったヴィーノの顔があった。
「ねぇ、そのりんご1個もらってもイイ?代わりに俺のチョコドーナツあげるからさ。
うちの購買の、食べたことある?めちゃくちゃおいしいんだよコレ」
「はぁ」
そんなどうでも良いことを心から楽しそうに話すヴィーノの神経が分からなかった。
人生に不満なんて一切ございませんって顔だ。
「なら、面倒臭いから一緒に食おうぜ。俺達はいつも食堂か中庭で食べてるんだけど
ま、今日はここでイイか」
「それイイじゃん。じゃ今日はシンを囲む会だね!」

俺の返事も待たずに適当な机を寄せ集めて即席のテーブルを作ったヴィーノ達は
それぞれの昼食を広げて、本当にそこで食事を始めてしまった。
……居心地、悪いんですけど。
わざわざ俺のところなんかに来ることないのに。
もっと面白い奴なんて、いくらでも居るだろうになんで俺なんか……。
「はぁ」

俺は弁当箱の上に置かれたチョコレートドーナツを見遣り深い溜め息を漏らした。















それから、2人は毎日当たり前のように俺のところへやって来るようになった。
はじめは気不味い思いをしていた俺も、2人のことが分かって来るにつれて
徐々に打ち解けていった。
「聞いたんだけどさ、シンて剣道部だったんだな。結構渋いのやってんだな」
「へえ、カッコイイね!ねぇねぇ、今度試合見に行ってもイイ?」
「良いけど、見ててもつまらないと思うぞ」
「そんなことないよ、ねぇヨウラン?」
「そうだな、ダチがやってるとかでもない限り、そういうのってなかなか
関わりもないし……」
ヨウランが何気なく口にした“ダチ”というフレーズに、俺は密かに胸を
ときめかせていた。
ダチ……友達。ヨウランとヴィーノは俺のこと友達だと思ってくれてるんだ。
たったそれだけのこと、って言われるかも知れないけれど、俺にとっては大事件だった。
それはもう、レイ先輩とキスをしてしまった時くらいに……。



「ありがとう、俺も……友達が来てくれた方が勝てそうな気がするよ」















それから俺は、すぐにヨウラン達と仲良くなった。
ゲームセンターに行ったり、バッティングセンターに行ったり……
毎日楽しくて仕方がなかった。
ちょうどその頃、レイ先輩とも付き合い始めて、
俺は人生の絶頂期を迎えているような気分だった。
それなのに……















ここ最近、ヨウランとヴィーノの態度がどうもおかしい。
はっきりとどこがどう可笑しいとは言えないんだけど、どうも態度が余所余所しいって
いうか、俺だけ疎外感を感じることが度々ある。
こんなこと言ってると女々しいって思われるかも知れないけれど、
今までまともな友達付き合いをしたことないから、こういうときどうしていいか
さっぱり分からないんだ。俺の思い過ごしかも知れないし、でも……。


その日の放課後は、珍しく部活もバイトの予定も入っていなかった。
先輩も丁度生徒会で忙しい時期だったから、俺は久し振りに帰りに2人を誘うことにした。
そう言えば、駅前のゲームセンターに新しい音ゲーが入荷したらしいって、
誰かが言ってた。ヴィーノの奴、絶対行きたがるぞ。
「あのさ、今日駅前のゲーセン寄って帰らないか?新しい音ゲーが……」
けれどヴィーノは、困ったように眉を顰めて首を左右に振った。
「ごめん、今日はちょっとヨウランと約束があって……また、今度行こう」
ヨウランと約束?
そんな風にして断られたのは、初めてのことだった。
約束の相手がヨウランなら、俺も加えてくれても良いものを……。
なんで、俺だけ外す必要があるんだよ?
「本当に本当にごめんね。今度また、埋め合わせするからさ」















結局あの日は、何故断られたか分からず終いだった。
翌日、ヨウランに声を掛けてみると、今度はヨウランまでもが余所余所しい態度を
取りはじめたのだ。
「あ、あぁそれな。ごめん、今度はお前の予定優先するようにするから。
ほら、今週末さヴィーノと出掛ける予定だから、そん時お前のバイト先寄るよ」
またヴィーノと出掛けるのか?
学校でも、散々一緒に居るくせに、休みの日まで一緒に行動するのかよ。
そんなにベタベタしてて、よく飽きないよな。
俺のバイト先に来るって言ってるけど、それって明らかに俺に対して、
罪悪感みたいなのを感じてて、それの埋め合わせって感じじゃないか。


俺、ヨウランとヴィーノは友達だって思ってたのに。
やっと本当の友達が出来たって思ってたのに……。
どうやら2人にとっては、そうでもなかったみたいだ。
俺とつるんでくれていたのも、一時の気紛れみたいなものだったのかな。















「最近、元気がないな」
昼休み、教室で弁当を食べるのが嫌で屋上に避難したら、案の定先客が来ていた。
本来生徒が立ち入り禁止であるこの場所に、他の生徒が居るはずもなく、
俺はばっちりレイ先輩に捕まってしまっていた。
「そ、そうですか?もう、剣道の稽古とかもバリバリやってますよ。
今日だって朝練でめちゃくちゃ走り込んで来たし、放課後もバイトで―――」
「クラスメイトか?」
「へ?」
「あの、ヨウラン・ケントと、ヴィーノ・デュプレというクラスメイトのことで
悩んでいるんだろう」
「はい?」
な、何故先輩がそんなことを……。
そりゃ、校内ではよく一緒に行動しているから、見掛けたことくらいはある
だろうけど、名前までばっちり覚えてたなんて。
ていうか、俺が悩んでたことにも気付いてた上に、その原因まで把握してたのか、
この人は……。
レイ先輩ってやっぱり………………ストーカー?なんて。




「そうなんです。俺、2人に嫌われちゃったかも知れなくて」
こんなこと、レイ先輩に相談することじゃないって、分かっているのに、
つい、先輩に声を掛けられると何だか安心しちゃって、俺は今にも
泣き出しそうになってしまっていた。
あーあ、そっか。俺、かなり堪えてたんだなぁ。
本当はすっごく淋しかったんだな。
先輩が忙しくても、ヨウランやヴィーノが居てくれたから、俺頑張って来られたんだ。
「何故、そう思うんだ?」
「だって、おかしいんですよ。前はいつも3人で遊んでたのに最近はやたらと
2人だけでどこかに遊びに行くし、何だか俺に隠し事してるみたいだし」
俺のその言葉を受けて、先輩はそれまで視線を落としていた小説をパタンと
閉じた。いつかのあの綺麗な栞が、読んでいたページに挟み込まれる。
掛けていた眼鏡を胸のポケットに仕舞い込んだ先輩は、こちらへと重心を落とし、
乗りかかるように覆い被さって来た。
「あっ」
と、言う間に唇が重なっていた。
こうしてキスをするのは、少し久し振りだ。
なんだか、出逢ったときのこと、思い出しちゃうな。
「んっ……先輩」
チュッ、と小さな音を残して唇を離した先輩は、それでも顔は鼻と鼻の先が
触れ合うほどの距離に近付けたまま、今度は耳元へと唇を寄せた。
耳朶を甘く噛み、襞の部分へ舌を這わせながら、吐息混じりに先輩の
声がダイレクトに鼓膜を刺激する。
俺、こんなことしに来た訳じゃないんだけどな……。

「―――ったのか?」
「え?」
「俺達が、こういう関係だということを、あの2人には話したのか?」
「そっ、そんなこと……」
話せるはず、ないじゃないか。
だってそんな、ただでさえ友達が出来ないような性格をしているのに、
その上男と付き合っているなんて知られたら、今度こそ完全に友達を辞められてしまう。
そうなったら俺はもう、お終いだ。
先輩とこうしていられることはすごく嬉しいことなんだけど、
今はそれすら、どこか切ない。

「だったら、一度話してみろ。お前が秘密を抱えているところで、相手には全てを
打ち明けさせるというのは都合が良過ぎる。お前が思い切れば、相手もそれに
応えてくれるかも知れないだろう」




後から思えば、あの時の先輩は全てを分かっていたのかも知れない。
だからこそ、そんなことを勧めて来たのかも知れない。
先輩の言う通りにしなければ、ずっと解決しなかったかも知れないから。















「あ、あのさ……俺、ヨウランとヴィーノに少し話しがあるんだけど」
昼休み、何時も通りに中庭でヨウラン達と弁当を広げることに成功した俺は、
意を決して、先輩との関係を2人に打ち明けた。
「今まで、黙っててごめん。でも……こんなこと普通じゃないだろ?
だから、言い辛くて……俺にとっては2人は大切な友達だから、
どうしても失いたくなかったんだ……」
「シン……」
俺の告白に、2人は目を見合わせると、お互いに何かを示し合って無言で
頷き合っていた。どういうことだろう?
俺の頭上に、疑問符が浮かんだ時だった。
今度は、ヨウランの方が、何かを決意した様子でゆっくりと口を開いた。
「そうだったのか。何となくお前も隠し事してるだろうなっていうのは
分かってたんだ。でも何もかも全てを打ち明けるのが友達って訳でもないし、
シンが話したくないなら俺は、それはそれでイイって思ってた。
俺たちの態度が、シンを不安にさせてたなら謝るよ、ごめん」
「でもね、別にシンを嫌ったりなんてそんなこと絶対にしないよ。
だってこうして大きな秘密を打ち明けてくれたんだもん。こんなにも俺たちの
こと大切に思ってくれる人、どこ探してもいないよ。
シンは、俺たちにも何か秘密があるって思ってたんだよね?」
「う……うん」
「でもそれはね、シンと同じようにすごく言い難いことだったんだ。
けどさ、今シンが頑張って打ち明けてくれたんだから、俺たちもちゃんと話さなきゃ、
フェアじゃないよね?」















「俺たちね、少し前から付き合ってるんだ」
「へ?」
それは、青天の辟易だっけ?とにかくもう、インパルスな告白だった。
付き合ってるって、誰と、誰が?
「だから、ヨウランと俺が」
そ、それってつまり……
「だから、お前と生徒会長の関係と同じってことだよ。いつかはお前にも話さなきゃ
ならないなって思ってたんだけど、まさかお前も仲間だったとはな」
それじゃあ
「もっと早く話しておけばよかったよね」

本当だよ。
俺が、どんだけ悩んだと思ってるんだよ。
もう、友達でいられないかも知れないって、それほど悩んだっていうのに。
2人が付き合ってた?そんなの、別に驚かないよ。
だって俺も十分普通じゃない訳だし。
だったら仲間外れにされてるって思ってたのは、俺が友達未満の扱いを受けてた訳じゃなくて、
2人が友達以上の関係だったってことなのか。
「これからはヴィーノと色々相談したら?ヴィーノの奴、淫乱だからあんまり参考に
ならないかも知れないけどさ」
「ちょっ、ちょっとヨウラン!」
……うちの生徒会長も、変態過ぎて参考にならないかも知れないけど。















「そうか、仲直り出来たのか」
「はい、なんとか。先輩のお陰です」
放課後、部活に行く前に生徒会室へ顔を出した。
先輩に少しでも早く報告をしておきたくて。
先輩のお陰で解決したようなものだから、やっぱり俺には先輩しかいないらしい。
「あのヨウラン・ケントという奴は、見るからにその気がありそうだろう。
それにヴィーノ・デュプレの方は、ヨウラン・ケントに相当入れ込んでいる
ようだったからな。これも端から見ていれば一目瞭然だ。むしろ、俺は
お前が全く気付いていなかったことの方が驚きだが」
そんなこと、普通気付かないだろ。
「だがこれで、一層人目を気にせずお前をどこでも抱けるようになったな。
今度、お前のクラスの教室を手配して貰おうか。持ちつ持たれつというのが友情だろう?」
……やっぱり、この人はただの変態だ。前言撤回。
「ヴィーノ・デュプレに、実際に使用した道具の感想なんかも聞いておいてくれ。
ヨウラン・ケントの方は実戦に詳しそうだな、今度此方から声を掛けておこう」
何はともあれ、俺の勘違いで本当に良かった。
先輩も、頭の中はこんなことばっかり考えてるみたいだけど、
きっと俺のこと、心配しててくれたんだろうな。
「ありがとうございます、レイ先輩」
今度の週末は、少しくらい頑張ってあげてもいいかもな。